介護のスタート

本格的な決意を持ってのスタートは‘04の8月のお袋の緊急入院でしたが、
準備期間を考えると2000年の5月からということに・・・

1999年に自分の鬱病を認識し、その年のうちに本気で鬱病と取り組む決意を
したのでした。そこで自分の中で問題だったのは①24年間続けていた小料理屋
をどうするか②無収入になってどうしてやっていくのか③鬱病を発症してからの約
10年(自覚してなかった)で滅茶苦茶になってた身辺整理・・・・・

①は辞めるなんてことは私の人生では想定してないことでした。
定年が無い、死ぬまで働くと言うのを当たり前に考えてた。
でも同病の仲間や、その頃始めたインターネットでアドバイスや情報を得て1999年末
に辞める決心がついた。閉店時期はまだ決めてなかったが・・

驚いたのは、決心を周りの人間(従業員・女房・お袋・子供)に告げたら誰一人として反対
する者が居なかったということ(~_~;) 本人は気づかれないようにしてたつもりでも、周りは
知っていたのですね私の中身が酷い状態になってることに。

身近な人間には鬱病であることはカミングアウトしましたが、お客様とかにはお袋の介護準備
の為に閉店すると説明しました。半分は本当のことで、私は長男、一人だけの姉はアメリカ在住、お袋も73歳で足腰も弱りいずれは介護が必要と考えてましたから。

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この記事へのコメント

Buchi
2005年10月27日 09:08
今頃 ここにコメントしても遅すぎるかな?
Oyakataの「たった一人の姉」のBuchiです。
暢気に責任放棄して鬱の弟一人に母親の看護一切任せて
ヒドイ姉だよねぇ。
こっちから見てると弟と母、二人して寄りかかって立ってる
「人」の字みたい。
Buchiが仙台に戻っても仕事がない、生活していけない。
日本はいい国だとは思うけど年齢制限が堂々とまかり通る国。
C(=Oyakata)には感謝してる、それ以上の日本語表現語はないから。
ってこういう私的なこと書いてもいいもんかいねぇ。
oyakata
2005年10月27日 10:28
全然構いませんよ・・・敢えて隠す必要のあるプライバシーも我が家にはないし(^.^) でも、一応親戚(KT君・NSちゃん・KSちゃん・・)も覗いてるので、そっち関係の話題は慎重に(~_~;)

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